書評

【書評・感想】コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来【ゲノム編集技術の成立過程を追体験できる】

2023年5月7日

書籍

コード・ブレーカー 上 生命科学革命と人類の未来 (文春e-book)

コード・ブレーカー 上 生命科学革命と人類の未来
ウォルター・アイザックソン(著)、西村 美佐子(翻訳)、野中 香方子(翻訳)
文藝春秋 / 2022年11月08日

評価 :5/5。
コード・ブレーカー 下 生命科学革命と人類の未来 (文春e-book)

コード・ブレーカー 下 生命科学革命と人類の未来
ウォルター・アイザックソン(著)、西村 美佐子(翻訳)、野中 香方子(翻訳)
文藝春秋 / 2022年11月08日

評価 :5/5。

書評

ゲノム編集技術でノーベル賞を受賞したジェニファー・ダウドナ博士の評伝です。本書は主人公であるダウドナのハワイでの少女時代から始まります。女性が科学者を目指すことに対する社会的な障壁がありながらも、分子の形と構造が生物学的役割を決めているという「二重らせん」の洞察をベースに生命科学に革命を起こし、ノーベル賞を受賞するまでの物語になっています。著者はスティーブ・ジョブズレオナルド・ダ・ヴィンチの評伝で有名なウォルター・アイザックソン。本書執筆中にコロナ禍に入り、ダウドナ博士の基礎研究の成果が一夜にしてコロナウィルス検出手法やワクチン製造に応用されるという想定外の展開もあります。

ゲノム編集は遺伝性の病気を根絶できる可能性を秘めた夢のような技術である一方、倫理的な問題も孕んでいます。生殖細胞系列のゲノム編集を安全に行う技術が確立できれば、一部の遺伝性疾患を患うことはなくなります。しかし、遺伝がある程度ランダムであることが生物の多様性を担保していることを考えると、ゲノム編集は正しいと言えるのでしょうか。ゲノム編集で治療できることが分かっているのに、ゲノム編集をしないことがむしろ倫理的に問題があるという考え方もあるかもしれません。ゲノム編集を治療ではなく、筋肉や知能を強化する目的で使うときこそ倫理的により難しい問題と言えると思います。富裕層の子供ほどゲノム編集で強化される傾向が強まり、格差が拡大する可能性もあります。下巻では中国でHIVに感染しないようにゲノム編集された赤ちゃんが誕生した事例についても触れられており、ダウドナ博士を含む研究者たちがどのようにゲノム編集の倫理的な側面に対処してきたかについて様々な立場から語られます。簡単に答えの出る問題ではないですが、倫理的なコンセンサスを得ながらも科学の発展を止めないようにする絶妙な落とし所を探っていきます。

科学研究の世界が必ずしも清廉潔白な世界ではなく、世界中にいるバックグラウンドの異なる研究者がそれぞれの思惑を持って成果を競う非常に面白いストーリーです。ジェニファー・ダウドナ博士を主人公にしてはいますが、共同研究者としてノーベル賞を同時受賞したエマニュエル・シャルパンティエやライバル的な位置付けのフェン・チャンなど個性豊かな登場人物の視点もあり、より立体的にゲノム編集技術の成立過程を理解することができました。

本書のポイント

  • ジェニファー・ダウドナ博士の評伝という形で生命科学のブレイクスルーを追体験できる
  • ゲノム編集技術の倫理的課題に対する研究者たちの向き合い方もあり
  • 基礎科学を追求する過程で多くの仲間とライバルが登場して困難を乗り越えていく様はまるで少年漫画のよう