書評

【書評・感想】インベンション 僕は未来を創意する【ダイソン創業者自伝】

2023年2月25日

書籍

インベンション 僕は未来を創意する (日本経済新聞出版)

インベンション 僕は未来を創意する
ジェームズ・ダイソン(著)、川上 純子(翻訳)
日経BP / 2022年05月25日

評価 :4/5。

書評

ダイソン創業者の自伝です。スティーブ・ジョブスやイーロン・マスクのようなビジネス寄りの経営者ではなく、著者も尊敬していると述べている本田宗一郎のようにエンジニアとして自分を認識しているようです。このような自己認識からか本書も著者が作った製品についてかなり詳細に技術的な解説や苦労話が述べられていて、エンジニアとしてはそのアプローチやプロセスにとても共感できました。

僕が学んだ本当に大切な原則の一つは、変更するのを一カ所だけにして、その変更で何が変わるかを見極めることだった。人は、素晴らしい思いつき一つ、あるいは風呂の中での「ユーレカ!(わかった!)」というひらめき一つで突破口が開けると思っている。僕だってそうあってほしいと思う。だが、ユーレカ的な瞬間はめったにない。むしろ、まず一つの設計を試し、それから一カ所ずつ変更してみることで、うまくいくこと、いかないことがわかってくる。ヴィクトリア朝時代の革新的なエンジニアであるイザムバード・キングダム・ブルネルは、十九世紀に船舶のプロペラを開発したことから現代的研究開発の父と呼ばれ、僕のヒーローの一人であるが、彼も一度に一カ所ずつ変更を加え、粘り強く開発を進めた。幸運なことに、彼の開発業務記録がブリストル大学に保存されている。開発の旅路は厳しいが、刺激的でもある。

「変更を一カ所にする」というのは組込みソフトウェア開発でも特に重要な考え方です。ソフトウェアの性能改善や再現率の非常に低い不具合の解析など、一度に多くの変更をしてしまうとそれぞれの変更の効果が分からなくなります。著者はハードウェア的にこの考え方を学んだのだと思いますが、ソフトウェアの世界で働いている私にとっても非常に共感できる内容です。

本書は自伝というカテゴリに相応しく、学生時代の記述から始まり、製造業が自分のやりたいことであることに気づき、dysonを創業して今に至るまでをカバーしています。それぞれの時期に著者にとって重要だった製品やエンジニアリングについての記述を軸に、さまざまな困難についても臨場感たっぷりに語られます。産業革命の発端であるにもかかわらず英国では製造業が軽視されていたという意外な事実を背景に、スタートアップにはつきものの資金調達や株主との関係、知的財産権の争い、政府や自治体・マスコミなどの既存勢力に振り回されるなど、一代で大企業を興すと本当に色々なことが起こるんだなと思います。

本書を通して著者は粘り強く高潔なエンジニアという印象を受けます。製造業に身を置きながらも、島国である英国が置かれた社会状況を冷徹に見極め、農業や教育の重要性を認識し具体的な行動に移しています。ここで述べられている危機感や活動は日本も同様に当てはまるものが多く、示唆に富む内容でした。